郷社
祭神 新宮殿 速玉男命
本宮殿 伊邪那美命、日本武尊
那智殿 事解男命
景行天皇四十年(110)大和朝廷の命を受けた日本武尊は東国を平定し、武蔵国、上野国を経て
碓氷坂に差し掛かった。折りしも濃霧により道に迷われてしまったが、その時紀国熊野山の
神使霊鳥・八咫烏が現れ、梛(なぎ)の葉を咥え来て尊の御前に落としながら道案内をした。
そして尊は無事頂上に達することができた。これにより熊野の神を勧請したのが始まり。
江戸時代には諸大名を始め、多くの人々が中山道を行き来した。
西方浄土、二世安楽、道中安全を叶える山岳聖地として権現信仰が盛んだった。
本宮の軸線上を上信国境が通る珍しい神社で、左側の那智宮は長野県、右側の新宮は群馬県
に属しており、長野では「熊野皇大神社」、群馬では「熊野神社」と呼ばれている。
3棟の本殿はいずれも白木の隅木入春日造で、前面に軒を接して妻入の拝殿を建てている。
境内入り口

県境表示

石段より神門を見上げる

神門

神門扁額

狛犬

室町時代中期の作
長野県内では最古のもの
石の風車

元禄元年(1688)建立
石段を登り、神門を潜ると、左から社務所、三社殿、神楽殿。
社務所

三社殿(左より那智宮、本宮、新宮)

神楽殿

三社殿

那智宮


拝殿:寛政八年(1796)、本殿:弘化二年(1845)
本宮(中央左:信濃国、中央右:上野国)


拝殿:19世紀中期、本殿:弘化三年(1846)
新宮



拝殿内には群馬県最古の釣り鐘が奉納されている。
神楽殿

境内社


稲荷社

健康神社 祭神 天御中主大神、高御産巣日神、神産巣日神
石塔

多重塔

文和三年(1354)建立
シナノキ


